遊ぶとは何か?「仕事」も「娯楽」も与えられていてはつまらない。


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遊ぶとは消費なのか、それとも生産なのか?

ブロガーのイケダハヤトさんが書いているブログ「まだ東京で消耗してるの?」になるほどなー、と思える記事があったので紹介します。

「娯楽」を「与えられるもの」だと考えている人は、仕事ができない。

記事の内容としては、「田舎は遊ぶところ(AEONやジャスコ、映画館)がない」という意見に対して、いやそれは違う。遊びの種類が違うだけであって田舎の方が遊べるよ、というもの。

簡単に言うと都会の遊びってのは誰かが用意したゲームやサービスを消費することが遊びになっている。ゲームセンターでゲームをしたり、映画館で映画を見たり。お金を消費することによって、あるいは何か他のものを消費することによって遊びが成り立っているんですね。提供者側はビジネスとして儲かる仕組みです。

それに対して田舎の遊びは自分たちで何かを作り出す、生産的な面があります。

要するに、都会の遊びは「消費」なんですよね。誰かが「ようこそ!遊んでください!」とお膳立てしたものを、ほいほいと消費しにいくことが、彼らにとっての遊びなのでしょう。彼らにとって、遊びは常に「与えられるもの」です。

田舎の遊びは違うんです。ぼくらは、自分で遊びを作り出します。空き家を修繕したり、農業やったり、狩猟したり、どぶろく醸したり。都会の遊びが消費的なことに対して、田舎の遊びは常に「生産的」です。価値を作り出すことが、エンターテイメントなのです。

「娯楽」を「与えられるもの」だと考えている人は、仕事ができない。|まだ東京で消耗してるの?

確かにそうだな、と思いますし、人それぞれだと思いますがこう言われると自分は田舎の遊び(生産)の方が良いように思えますね。

仕事に関しても同じことが言えるのではないか?

で、ここからは遊びではなく仕事の話し。

上に書いたような「遊び」の話しは同じように「仕事」にも言えるのではないでしょうか?そして仕事においては確実に後者(生産)であるべきということです。

少し誤解が生まれるかもしれませんが言ってしまえば、都会の遊びに慣れている、好む人というのは「与えられる」ことを求めている人です。というよりはイケダハヤトさんの記事に即して言えば「田舎に遊ぶところがない」という人ですかね。

これに対して田舎の遊びができる、好きだという人は「自分から作り出すこと」ができる人です。仕事に置き換えて言えば、上から与えられるのではなく何をすればいいのか自分で考えて行動できる、指示待ち人間ではない人ということ。

もちろん、「遊び」と「仕事」に対して同じように行動するとは限りませんが、遊びに対しても生産的な遊びができる人の方がいいと思いませんか?それに楽しいと思いますよ。

まずは生産的な遊びの楽しさを経験していない人はぜひそういう遊びをすることをオススメします!

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